今週のテーマ「焦燥」
「おい!起きろ」
突然の怒声に驚くチッチ。
列車の外に追いかけてくる警官の姿が見えた。
気がつくと車両は覆面グループに占拠されていた。
隣で同じく寝息を立てていたサムも飛び起きた。
ピストルを向けられ、車内の全員が手を挙げていた。
チッチとサムもそれに習った。
グループは全員で3人。
ピストルを持っているのはリーダー格のひとりだけだ。
まだ車掌も気づいていない。
次の駅まではあと15分。
息もできないような緊迫した雰囲気がうずまいた。
よく見るとひとりは震えていた。
こういうことに慣れていないようだ。
リーダー格らしい人物が口を開いた。
「皆さんに危害を加えるつもりはありません」
意外なくらい誠実な声だった。
「さっきご覧になった通り、私たちは追われています。誓ってやましいことはしていない。次の駅で降りてそこから船に乗り、ひとまずこの国から脱出しようと思っています。だから次の駅までこのまま大人しくしていてください」
男の言葉は真剣そのものだった。
「それは本当ですか?」
突然、サムが話しかけた。
「次の駅だって警察が待っているはずだ。このまま逃げ続けていいのですか?」
リーダー格の男は黙っていた。
ほかのふたりは少しうなだれている。
「あなたたちは別次元から地球旅行にやってきたのではありませんか?」
驚く3人。
「どうして、それを…」
「見れば分かります。覆面をはずせないのも、そのせいでしょう」
「……そうです。期限が過ぎて、もう我々の姿は元に戻ろうとしている」
「すぐ帰れるはずが、トラブルが起きたのですね」
「そうです。我々のいる次元の情報を地球に提供しない限り、帰れないと脅されたのです」
「来るとき、帰り方は聞かなかったのですか?」
「聞いて来た。だが、どうしても時空の扉が開かないのだ」
「それはあなた方を利用した者たちが、邪魔していたのです。今やってご覧なさい」
3人はハッとした表情になった。
「まずあなた方の国の歌を歌って。今のあなた方は大変な緊張感に包まれて自分を見失っている。これでは移動しても故郷でなく、別の次元に行ってしまうでしょう。まず本来の波動に戻さなくては」
「確かに、その通りだ」
3人はうなずいた。
列車の中に不思議な波動が流れ始めた。
彼らが歌い出したのだ。
それは懐かしいような、新しいような、魂の奥まで響く音の振動だった。
チッチたちもその心地よい音動に包まれていく。
「このピストルはさっき警官から奪ったものだ。駅に着いたら返しておいてくれ」
うなずくサム。
やがて彼らは輪になり空に向かって手を挙げ、その手を合わせた。
一瞬、列車の中に稲妻のような光のスパークルがきらめき、次の瞬間、3人は消えていた。
サムの勇気に乗客全員からの拍手が贈られた。
ちょっと恥ずかしそうなサム、通路で一礼。
「やったね!」という視線を送るチッチに、ウインクをして席に戻った。
「無事帰れたよね」
「もちろんさ」
「こんなことが起こるのは残念だけれど、彼らが地球は安全な場所だと信じていたら、きっとこんなめには合わなかったでしょうね」
「そうだね」
そしてまた何事もない、穏やかな午後の空気が流れだした。
(次回に続く)